背景、あの頃の君たちへ。





リストカットとは、カッターナイフなどの刃物を用いて主に前腕を傷つける自傷行為をいう[1]。略してリスカと言われることがあり、若年層の間でこの表現が用いられる。(Wikipedia参照)



リストカットって何でするんだろう。

した事ない人にとっては不気味以外の何者でもないと思うし、たまに脂肪が丸見えするほどパックリ切ってる人をみるけどアレはわたしから見てもゾッとする。


「かまってちゃん」「ファッションメンヘラ」、所謂一般人はそうやって咎める事が多いけど自分自身を傷付けた事が無い人に何が分かるんだろう。冷たい刃物を自分の腕にあてる、あのひんやりとした感覚を知らない人に何が分かるんだろう。



カッターやカミソリ、色んなものを使うひとがいるけど学生時代は小刀を使ってた。

ストレスなのか悲しみなのか分からないけど、感情の許容量はとっくに越えてて、今にも溢れ出しそうで、一度溢れたらもう止められそうになかった。自分でも感情をどうコントロールしたらいいかわからず、机の上にあった小刀を手に取って腕にあてた。

どんだけ力をこめても押すだけじゃ腕は切れずに、自分で引かなければならなかった。自分で押し当てながら動かす。自分で自分に何をしてるんだろうと、自分でも思っていたよ。





初めてリストカットをする人をみたのは中学の頃だった。中学の頃の親友だった。

母親と衝突する事が多かったみたいで母親の事を毛嫌いしてたし、複雑な子だった。よく悩みを聞いてくれたし、明るくて優しくて私はその子が好きだった。何に思い詰めてたのかは分からない。

好きとか嫌いとか、嫌だとかストレスだとか、答えてくれてるようであまり多くは語ってくれない子だった。どうしてあげることもできなかった。


でもきっとその子も私と同じような子だったんだと思う。




高校を不登校になってから当然だけど親からは質問の嵐だった。「どうしたの?」「なにがあったの?」答えたかったけど、言葉は喉でつっかえて出てきてくれなかった。初めての一文字を発声できれば答えられるであろうに、どうしても出てこなかった。言葉よりも先に口を開いたら涙が出てきそうだった。

大事な事を話すときはいまでもそうだ。大事な言葉ばかり喉でつっかえて出てきてくれない。


あの子もきっとそうだったんだろうと思う。

話したくても話せなくて、伝えたくても伝えられないだけで、分かってほしいと願っていたと思う。



人は無意識の悪意で満ちてる。

あの頃私は目に映る人みんな敵に見えたし、駅なんかは怖くて歩けなかった。

主犯と同じグループにいる奴らも、そいつらと友達の奴らもみんな怖かった。



私の拠り所は音楽と小刀だけだった。

全然意味分からないと思うけど小刀は私にとってお守りだった。



不登校になっても連絡をとってる友達はいた。

高校でいちばん仲良かった子だ。

ある日その子からメールがきた。『もうお前のことで職員室呼び出されんのしんどい』

きっと私の事を先生たちが聞いて回ってたんだろう。主犯たちは後ろめたかっただろうし、友達が教室にもどってくるたび質問攻めしただろう。どんな質問をされて、どんな返事をして、自分の事は喋ったか。そんな背景は容易に想像できたし、高校に残ってる友達の立場を考えたら仕方ないことだと思う。それでも1番仲が良いと思ってた友達からの その 言葉は16歳の私にとっては酷だった。



いじめが起きてからは心臓は鉛のように重くて、私はベッドから起き上がれなかった。自分の部屋の壁だけが私を外界から守ってくれた。


もう何をしてても哀しかった、何をしてても苦しかった。学生の頃の私にとってはちっぽけな校舎のなかだけの世界が全てで、地元にはちゃんと友達だっているのに、それでも独りぼっちで味方のいない真っ暗な闇に沈んだ気分だった。


深呼吸しようと深く息を吸いこむだけで涙が出たし、目を瞑っても、空を見上げても、音楽を聴いても泣けた。息をするように涙が出た。




その頃テレビだかネットだかで、涙の成分は血液と一緒だと目にして妙に納得した。

涙腺内の毛細血管から得た血液の血球を除き、液体成分のみを取り出したものが涙である。




私はずっと血を流していたんだ。

心に傷を与えられて、ちゃんと目に見えるように泣いていたんだ。痛いとちゃんと感じていたんだ。


家に引きこもってるとき、映画をみて、久しぶりに自分以外の事で泣いた。

「あの人たちもこんな映画をみて同じように感動するんだろうか」



冷たいものを触って冷たいだとか、

丸いものをみて、丸いだとか、

そんなロールプレイングゲームの選択肢のような感情で生きてる人たちには目に見えないと分からないんだろうなと悟った。

血を流さなければ痛がってるとは予想できない、きっと一生分かり合えない人種なんだろう、と。


明け方の空の青の深さに泣くことも、人混みを歩くと世界がひっくり返ったように目眩がすることも、第三者の視線に耳鳴りがすることも一生ないまま過ごしていく人たちなんだ。


お望み通り、うんと痛がってあげよう。

涙じゃなくちゃんと血を流してあげよう、君たちにもちゃんとみえるように。

どれだけ傷付けられたかちゃんと刻もう。


自分で傷をつけて身体的痛みで心の痛みを誤魔化すことの悲しさをアンタらは一生わからないと思うけど。




背景、あの頃の君たちへ。


いかがお過ごしですか。その後の高校生活は楽しかったですか。罪悪感はもう消えてなくなりましたか。

高校をやめて芸能活動を始めて、ゴールデンタイムの再現VTRに出てる私をみたときはどんな気持ちでしたか。そんな私に連絡先を聞いてきたときは、どんな感情でしたか。一緒になって悪口を書いてたことを私は知っていました。

どんな気持ちでしたか。

夜、家族が寝静まった後に、どこで間違ったんだろうと、どうしてちゃんとした母親になれなかったんだろうと胃を痛めて嗚咽する母の気持ちを、それを聞いてゴメンなさいと謝りながら部屋でやっぱり泣き続ける私の気持ちを、1ミリでも理解できるような感受性は育ちましたか。

今でも分からないままだけど、あなた達も例えば『最強のふたり』なんかをみて泣くことはありますか。



あなた達のおかけで当初とはきっと違う人生を歩んでいます。あなた達のおかげで今は胸を張って好きだと言える友達ばかりできました。

あのまま歩んでいくより、可愛くなったと思うし、田舎臭いままのあなた達をみてざまぁみろって思ってます。


どうかそのまま私よりも平凡で、つまらない、不幸せな人生を送ってください。


どうか幸せにはならないでください。